【ABC記譜法】はじめに

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ABC記譜法とは?

「ABC記譜法」という言葉は音楽に詳しい方でも初めて耳にする方も多いかと思いますが、イギリスのChris Walshawという人によって1991年に考案されたテキストによる楽譜の表現方法のことです。たとえば”CDEF GABc”のような文字列として楽譜を記述することから、この名前があるわけです。文字列として記述するため特別なソフトを必要とせず、メールでも簡単にやりとりできる特徴があります。この記譜法は非常に完成度が高く、主に欧米で成功を収めており、民族音楽のABC譜を集めた膨大なライブラリーなどが存在しています。

非常に古い話で恐縮ですが(笑)、1980年代に一世を風靡したPC-8801やMSXのような「マイコンブーム」を知っている方にはMML(Music Macro Language)といえばピンと来るはずです(来ない人の方が多いでしょうけど)。あれもBASICプログラムの中に文字列で楽譜を打ち込んでピコピコ音を鳴らして喜んでいたわけですが、それと考え方はまったく同じです。

もちろんこのような文字列の形では人間にとって非常に読みにくいため、ちゃんとした楽譜の形に変換するソフトというものが用意されています。しかも素晴らしいことにすべてが無料です。また現在ではABCを拡張したABC Plusという規格に移行しており、楽譜だけでなくMIDIデータも扱えるようになっています。したがってシーケンスソフトを使わなくてもテキストエディタだけで手軽にMIDIデータを作成することまで可能なのです。

ABC記譜法が優れている点

テキストエディタだけで作成できる

はじめに述べましたように、ABC記譜法では楽譜を文字列として記述するため、特別なソフトを必要としません。Windowsに標準で入っている「メモ帳」のようなテキストエディタさえあれば、すぐにでも楽譜を記述することが可能です。ですからやろうと思えばスマートフォンでちょっとした待ち時間に作成することさえ可能です。

入力が最も速い

普通、出版レベルの楽譜(いわゆる浄書)を作成するにはFinaleやSibeliusのような楽譜浄書ソフトが用いられます。これらのソフトはマウスを使って五線上に音符を置いていったり、あるいはMIDIキーボードを使って直接鍵盤から音程を入力したりして楽譜を作成するのが一般的です。

ところが楽譜を構成する要素には大きく分けて「音高」と「音価」の二つがあり、これらを両方とも入力するのが大変面倒なのです。たとえば「ドレミファソ」というメロディーがあっても、音楽にはリズムというものがありますから、それぞれの音符の長さが同じとは限りません。ある音は4分音符だったり、8分音符であったり、また付点2分音符かもしれません。しかし上のような市販ソフトでは、音の長さが変わるたびにマウスやキーボードを使って音価を選び直さなければなりません。それは五線入力であっても鍵盤入力であっても同じです。この「常に音高と音価を行ったり来たりしなければならない」という操作が非常に煩わしいのです。それは譜面を使ったビジュアルな入力方法の宿命でしょう。

一方、ABC記譜法では音高と音価を同時に記述してしまえることが特徴です。たとえば”C3DE2F2G4″のようなABC譜があったとすると、ここでアルファベットは音高を表し、数字は音価を表しているわけですが、キーボードからまったく手を離すことなく、音高と音価を同時に記述できることが大きな特徴なのです。一見めんどくさそうに思えますが、実際に書いてみるとこれは非常に合理的であり、他のどんな入力方法よりも最も速いことがわかります。

マルチプラットフォームである

一般的な楽譜浄書ソフトウェアはWindowsとMacに対応しているのが普通ですが、ABC記譜法はもともとプラットフォームに依存しないため、テキストエディタさえあればどんな環境でも作成することが可能です。ABC譜を楽譜に変換するためのソフトは現在Windows, Mac, Linuxに対応したものが出回っていますが、もともとオープンソースのソフトウェアなのでどんなプラットフォームにでも移植することが可能です。また最近はWebブラウザ上で動作するJavaScriptのプログラムも提供されており、それこそスマートフォンも含めてどんな環境であっても楽譜を作成して閲覧することが可能になったわけです。

無料である

ABC記譜法で書かれたテキストを楽譜の形に変換するためのabcm2ps、MIDIデータに変換するためのabc2midiをはじめ、さまざまな有用なツールがすべて無料で提供されています。詳しくはThe ABC Plus Projectのページを見てみて下さい。これらはオープンソースソフトウェアとして世界中の有志によって開発されているためです。

ただ無料であるというだけでは必ずしも良いとは言えません。よく何が何でも無料で済まそうとする人がいますが、よく考えて下さい。それがものすごく手間のかかるものであれば、それだけ自分の時間を損していることになるのです。あなたの時給はいくらですか? 誰にとっても時間は有限ですから、たとえ何万円払ってでも効率をアップして時間を節約できるならそうするべきです。しかしABC記譜法の素晴らしいところは、無料であるにもかかわらず、他のどんなソフトよりも素早く入力できることです。それは時間短縮に通じるので、それでこそ無料であることが生きてきます。

汎用性がある

ABC記譜法というのは現在、世界で最も成功しているテキスト楽譜記述法であり、ABC譜をさまざまな形式に変換するためのソフトが数多く開発されています。ですから一度ABC譜の形で作っておけば、単に楽譜やMIDIに変換するだけでなく、さまざまな応用方法が広がります。たとえばMusicXMLという形式に変換すればFinaleやSibeliusのような市販ソフトに読み込ませることも可能ですし、その逆も可能です。

ABC記譜法の普及を妨げる要因

書き方を覚えなければならない

一般的な譜面入力型のソフトと違って、ABC記譜法では決められたルールにしたがってテキストを記述しなければなりません。これは特にプログラミングなどに縁のない普通の人にとってはかなり敷居が高いと感じるかもしれません。これがまず多くの人を遠ざける理由でしょう。

確かに複数のパートを持った楽譜を思い通りのレイアウトで作成するためにはかなりの熟練を要します。しかし、単音のメロディーを記述するだけなら誰でも30分もあればマスターできると思います。要は最初から難しく考えず、それ以上のことは必要に応じて覚えていけばいいのです。

コマンドラインから実行しなければならない

これもコンピュータに弱い人にとっては理解しがたいのですが、作成したABC譜を楽譜やMIDIに変換するためにはWindowsなら「コマンドプロンプト」を立ち上げて何やらよくわからない「命令」みたいなものをキーボードから打ち込まなければなりません。たぶんこれだけで敬遠したくなる人が多いのも頷けます。

しかし最近では普通のソフトと同じようにビジュアルな方法で処理できる便利なツールも開発されているので、そういうものを利用すればパソコン初心者でも違和感なく使うことができるでしょう。よほど込み入ったことをしない限り、それだけで普通は十分なはずです。

日本語が通らない

おそらく日本でABC記譜法が普及しない最も大きな原因はこれだと思います。昔から海外製のソフトウェアではいわゆる「2バイト文字」は置き去りにされることが多く、確かにこれまで日本語混じりの楽譜を作成することは困難でした。ABC記譜法では楽譜だけでなく歌詞も付けられるのですが、やはり日本語で表示できなければ面白くないですよね。ですから興味はあるものの、この問題であきらめてしまった方も多いのではないかと想像します。

しかし最近はHTML5に対応したブラウザが標準となり、SVG(Scalable Vector Grachics)が普通に扱えるようになったことからこの問題は一変してきました。これまでのPS(PostScript)ではなくSVGとして出力することにより、何の苦労もなく日本語を含む楽譜をブラウザに表示することができ、PDFに変換することも可能になりました。これは日本人にとって大きな福音です。見逃す手はないでしょう。

本講座の目的について

僕も一応Finaleのような市販の楽譜浄書ソフトを持ってはいますが、やはり入力の速さからABC記譜法で書いてしまうことがほとんどです。確かにスムーズに書けるようになるにはそれなりの時間と労力は必要でしたが、一度慣れてしまえば、現状でこれ以上スピーディーな入力方法は考えられないのです。それでいて無限の可能性を秘めている素晴らしいシステムだと思います。

ABC記譜法が特に日本でほとんど普及していない理由について、日本語の情報が少ないということも一因だと思います。実際、Googleで検索してみても本当に数えるほどのサイトしか出てきません。それも情報の古いものがほとんどです。したがって本格的にマスターしようと思えばどうしても英文のマニュアルを読みこなす必要が出てきます。

僕はこの素晴らしいABC記譜法を本当に日本で普及させたいと思っているのですが、そのためにはしっかりした日本語の解説が不可欠だと感じました。特にこれまでまったく触れられてこなかった日本語を通す方法について、初めて言及したいと思っています。またABC記譜法ではマニュアルに明確に記載されてないことも多く、ある程度試行錯誤で見つけなければならないことも多いので、これまで自分が楽譜を作成する中で身につけてきたノウハウについて余すところなく紹介していきたいと思っています。一度覚えたことでもしばらくやってないとすぐ忘れちゃうので(笑)、それは自分自身の覚え書きのためでもあります。

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